笈タ谷屋時計メガネセンター
安谷屋 元章さん

キズミを目に当て、時計を修理する安谷屋さん
 修理を待つ時計は月に百個以上
  森下区で安谷屋時計メガネセンターを営む安谷屋元章さん(五九・中島)。時計修理の道四十年の大ベテランだ。時計修理の道を選んだのには理由があった。
 「十七歳のころ、バイト先の木工所で右手の指三本を一瞬にして失った。一年間は仕事が出来なかった」
 障害を有する安谷屋さんは「手に職を」と安里にあった身体障害者更生指導所時計部へ通い、更に、二十代の初め札幌の北日本時計学校へ入学して、二年間時計修理の修業を積んだ。
 「たまたまそこの学校長が沖縄を訪問した際、『身体障害者三人ほどを沖縄から入学させたい』とのことだった」と入学のきっかけを語り、「時計学校なるものがあることを知らなかった」と微笑む。
 その後、森下区で時計店をオープン。
 「四帖半からのスタートだった。徐々に徐々に広げていった」
 「昔、時計は高価で豪華なイメージ。今は安価になり、専門店以外でも手軽に買えるようになった。販売から修理を中心にした営業を余儀なくされ、修理職人の価値感が問われている」と厳しい表情で語る。
 
 「売り上げは減ったが修理の個数は県内でも五本の指に入る」と胸を張り、修理を待つ時計は月に百個以上届くという。 「修理の仕事は無くならないが、職人は減るかも知れない」と残念がる。
 沖縄県時計貴金属眼鏡小売商協同組合理事長も務める。
【広報よなばる2001年5月16日号より】


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