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与那原のむかし話 「浦島伝説」

むかし、むかし、南風原(はえばる)の与那覇村(よなはむら)にひとりの男が住んでいました。
ある日、その男が与那原の海岸で釣りをしようと歩いていると、海岸にひとつの添髪(イリガン:入髪、琉舞のときにつける付け髪)が落ちていました。
その添髪は、いままで見たことのないほど美しかったそうです。
男は、落し主がきっと困っているに違いないと思い、一日中この添髪の主を捜して歩き回りましたが、見つかりませんでした。

そして、しかたなく、その日はこの添髪を持ち帰ることにして、翌日また捜してみることにしました。
あくる日、添髪の主を捜そうと、また、与那原の浜に出かけました。
与那原の海岸につくと、そこには、この世に二人といない美しい乙女がたたずんでいました。

「この添髪はもしや、あなたのでは・・・」男は美しい乙女に近づき、そうたずねました。


すると、乙女は、それは、それは、たいそううれしそうに微笑み、こういいました。

「ありがとうございます。これをなくして大変苦労しておりました。お礼に竜宮城へご案内いたします。

なんと、美しい乙女は竜宮城の乙姫様だったのです。
男は、おどろきましたが、せっかくの乙姫様の誘いを断る理由もなく、竜宮城へつれていってもらうことにしました。
乙姫様が海へ手をかざし、両手を広げると、海の水が左右に分かれ、竜宮城へ続く、きれいな道が現れました。
乙姫様と男は海に開けた大きくきれいな道を歩き、竜宮城へと向かいました。


竜宮城につくと、男は歓迎され、歌や踊り、おいしい料理でもてなされ、時間を忘れて楽しくすごしました。

いったい何日ぐらいたったでしょうか、時を忘れて楽しんでいた男も、そのうちに陸での生活が恋しくなり、陸へ帰りたくなりました。

乙姫様は、男との別れをたいそう悲しみましたが、男をとどめておくことはできず、涙ながらに見送ることにしました。

乙姫様は別れ際に、男に紙包みを渡し、「どうしても身を寄せるところがなくなったときにあけてください。」と伝えました。
男は紙包みを受け取り、もと来た道を帰っていきました。


男が帰ると、そこはなんだか変な様子でした。
なんと、そこは、すでに一千年の時が過ぎ去っており、男のことを知る人は誰もいなくなっていたのです。
男は頼る当てもなく途方にくれ、桑の枝を折って、それを杖しながら、村を歩き回りましたが、とうとう疲れきってしまい、トボトボと村の丘に上がり、桑の杖をさして座り込んでしまいました。
そのとき、男は乙姫様からもらった紙包みのことを思いだしました。

「これをあけるとまた竜宮城へ帰れる」

そう思い、いそいで紙包みをあけました。
すると、そこには、一つまみの白髪がありました。
そして、その白髪が、あっというまに男の体に飛び込んだかと思うと、男は見る間に、とても年をとったおじいさんになってしまい、動くこともなく、その場で死んでしまいました。

その様子を見ていた村人たちは、驚きましたが、男をあわれみ、その丘に手厚く葬りました。

そしてそこは「穏作根獄」として村の拝所になり、男がさした桑の杖は根を張り、大きく成長してその丘に茂りました。


男が死んでしまったことを知った乙姫様はたいそう悲しみました。
そして、悲しみのあまり、二人が出会うきっかけとなった添髪を海に流してしまいました。
その添髪は海を流れて、与那原の海岸に流れ着きました。
そして、岩に張りつき、根を出して、それが与那原のヒジキになって後の世に知られるようになりました。
そして、添髪が流れ着いた海岸は「当添(とうそえ)」という地名になり、現在も続いています。

(球陽遺老伝 巻之三 一0四「添髪を拾った男」より 口語訳 一部創作)


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